人はなぜ甘えるのか?その原点とは?

人はなぜ甘えるのだろうか?甘えることは自律につながらないという意見もあれば、むしろ自律につながるという意見もあります。発達心理学による回答は明確で、後者になります。私も1月26日の講演をはじめ、これまで様々な機会にそのことをお伝えしてきました。しかし最近は、「甘える」ことの原点について考えるようになりました。

動物学者ポルトマンの「生理的早産」という言葉があります。ヒトは、様々な動物に比べて身体の機能が未熟な状態で生まれてきます。例えば、馬は生まれてすぐに立ち上がりますし、カモやニワトリなどの鳥類も親鳥の後を追います。それは、自分を守ってくれる存在とつながることで生き延びようとするためです。一方、ヒトの赤子は「生理的早産」のため十分な運動能力がなく、自力で安全を確保できない。そのため、ヒトの赤子は「泣く」ことによって、親の養育行動を“引き出して”安全を得ようとするのです。また、私たち大人もそれに応えるように、子どもを見てかわいいと思い、思わず笑顔を向けたり、手を振ったりしていることが多いと思います。それは、私たち大人にも、子どもを養育しようとする生物学的なプログラムが備わっているのかもしれません。

このような親子の繋がりがなぜあるのか?それは、人が社会的な生き物だからです。社会のルールは主に大人が作っていますから、子どもは大人との関係を通して、少しずつ時間をかけて社会を知っていきます。このように「甘える」ということを俯瞰して考えてみると、人がなぜ「甘えるのか」というのは、単に精神論的なものだけではなく、安全の確保から始まり、社会的な存在になるために、生物学的に組み込まれていると言ってもよいでしょう。不登校に限らず、私たちは人生で困難に直面した時、誰かに助けを求めたり、支えを求めたりします。それは、子どもであっても大人であっても、人間に備わった本能なのかもしれません。だからこそ、子どもが安心して甘えられる相手がいることは、再び自分の力で歩み始めるための大切な土台となるのでしょう。

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